丹沢ボッカ駅伝競争大会
[大会の歴史]


 1987.6.14 記念すべき第1回大会が開かれた。
 当日は雨が降っていたが32チームが参加した。
そもそもは鍋割山荘の草野延孝さんは仕事として120Kgあるいはときに、それ
以上の荷を背負って自分の小屋へ荷揚げ、即ち「歩荷」(ボッカ)を日課とし
ていたことは 皆さんご存知のとおりです。 そのような姿や「生き様」に影響
され、感化された鍋割山荘の常連たちの自慢話諸々が発展し、「ボッカ」の競
争をしたら面白いだろう、競争してみよう、大会をやってみよう、大会は出来
ないだろうか、と話はすすんだ。持ち掛けられた草野さんはそこで「一肌脱ぐ」
はめとなったのがことはじめと聞いている。
 オーナーである「スーパーまつだ」の松田重雄社長(当時)のたいへんな御
支援を得て、草野さんが創始者となったのであります。面倒をみることになっ
たと言うほうが本音かもしれない。ともあれこのことに賛同したメンバーによ
ってはじめられたのである。
 競技記録処理担当には、IBM丹沢研究会(岳連加盟団体)や富士ゼロック
スのメンバーが苦心してその役割を背負う事になりモービル・コンピューティ
ングの先鞭を開いた。その日のうちに、鍋割山頂の表彰式で公式記録とともに
個人記録票を配布するのも自慢だった。ボランティア精神に支えられてきたの
であるが、一方で草野さんや松田社長の御負担、御支援がきわめて大きくあっ
たことを忘れてはならないと思う。かくして、回を重ねるうちに第53回国体が
神奈川で開催されることとなり、山岳競技が第10回に続いて丹沢で行われると
の決定がこのボッカ大会にも大きく影響した。かながわ・ゆめ国体を盛り上げ
るイベントに組み入れられ、もうひとつバブルの風にも乗って近年のような華
々しい内容に変身というか脱皮というか変わってきたのである。とはいうもの
の舞台裏で事務局を切り回し運営をしていく立場にあっては生業の傍らである
から協賛金集めとか資金繰りをめぐっては毎回大変な苦労があった。第8回大
会から秦野丹沢まつりの一環事業にしていただき補助対象になった。

 秦野市内外の多くの方々の後協賛、御協カのおかげでやってこられた。
第5回大会より第14回大会までの多年にわたる間、NTT秦野営業所様において
は特別協賛いただきました。NTTを取り巻く経営環境は厳しさの中にあり、平
成12年12月25日付の丁重な文書により「丹沢ボッカ駅伝競争大会協賛について
は平成12年までとさせていただく…」との協賛辞退にまで至り、
いま、NTT秦野営業所そのものが廃止されています。


[第15回大会開催への決意]

 第14回大会の準備の中で、すでに予兆として厳しい情報には接していました。
残務整理をしている夏、その確度は高まっていきました。年末に前節のとおり
それは確定に至り、第15大会開催の条件は相当な赤字を覚悟するかどうかにか
かっていました。15回大会を「切り開きながらでもやる気」がなければスポン
サー探しはできるものでない。そのように考え礼を冬尽くし幾度も足を運びご
理解を求めましたが特別協賛をお受け下さるところはありませんでした。赤字
予算をたて節約に務めましたが予算どおりの決算(▲484,715)となりました。
第15回と言う節日の大会は外目には従来どおり盛大に開催できてほっとした部
分もありますが、その後の反省会と今後の方向付け(第16回以降の大会開催の
可能性)について話し合いと検討を重ねてきました。結果、「大会開催断念や
むなし」並びに「平成18年までの保全責任」管理体制の用意までするに至った
のでした。御礼にあわせ再開条件を引き続き研究検討していくことを結びとし
た書状を主要な方にのみお届けしました(秦野丹沢まつり実行委員会会長、
秦野市名産品のれん会協同組合理事長、商工会議所、丹沢山小屋組合長)。
主確団体である神奈川県山岳連盟においては常任理事会(8/28)、理事会(9/4)
において、第8回から第15回までの収支決算状況と開催断念にいたる状況およ
び理由、保全管理対応方法等を資料文書として配布し、審議の結果、
了承(やむなし)となった経緯である。


[そして開催断念から第16回大会開催へのいきさつ]

2000.08 NTT辞退の方向(情報)
2000.12 正式にNTT特別協賛辞退
2001.06.03 第15回大会開催
2001.06.16 登山道補修と反省会
2001.07.01 実行委員会 16回開催断念との結論
2001.07.05 収支報告書提出
2001.08.11 実行委員会 「開催断念」変わらず、保全管理対応
2001.08.25 挨拶文書
2001.08.28 岳連常任理事会 2002大会開催断念やむなしを追認
2001.09.04 岳連理事会   2002大会開催断念やむなしを追認了承
 〜この間、約4ケ月〜
2001.12.28 秦野市より「神奈川県山岳連盟」に対して開催条件について打診と再開要請
2002.01.10 同上、補足
2002.01.28 同上関連補足
2002.01.29 秦野丹沢まつり運営委員会『秦野市より「神奈川県山岳連盟」に対して再開を要請中』
同日     岳連常任理事会 最終決済如何に関わらず、ボッカ実行委員会に委せるとの理事会の承認を得る
2002.02.05 理事会 @ボッカ実行委員会に委ねる A岳連は主催とならない
同日     秦野市長決済内容について電話でお伝えあり
同日     ボッカ実行委員会開催通知投函
同日     岳連会長へ報告
2002.02.23 第16回ボッカ駅伝大会に向けて「実行委員会」開催

 日程を追いかけるとこんな具合なのであるが、ハード・ソフト含めて見直し点検
チェックは保全の意味と整理集約、理解の整頓の意味からも日ごろやっておかない
と立ち上がりしようとした時、それができなくなってしまうから去年もおととしも
行ってきたのと同じように名簿のメンテナンス、記録の最新化(印刷原稿)諸依頼
先文書とその内容、等々これらは部品を揃えておくのと同じで一遍に短時間ではで
きないことなのです。そうした流れが研究・検討でもあり個別に実行委員会のメン
バーには相談やら惜報交流やらで極端な断絶はしないで数ヶ月の経過となった。
立ち上がりはそのようなわけだからできるのであって、休眠が長いとそうはいかな
い。あとは多くの方々によるワーキング(作業)が知恵とボランティア精神によっ
て醸成されていく。割り切っていいかどうか迷うのは、「本来自分たちのカで出来
る事を自分たちでボランティア精神を基軸に」やるべき事業(イベント)だと考え
てやってきたが、今回はそうした事に照らしてみると外の援助・支援がかなり大き
くそれでいいのかなと思うことである。 要請を受けて立つという観点に立てば流
せるというほど単純になっていない。


以上 相原 守


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歴史

プログラム

更新遍歴:2002/05/21HPスタート、06/02第16回大会記録up、06/10フォトライブラリーup


[丹沢ボッカ駅伝競争実行委員会]
E-mail bokka@mt-kawana.com